噺家冥利に尽きました。

長く噺家をしていると実感するのが、本当にお客様ってありがたいなあという事。

今から20年以上も前のこと。僕は、夏季限定で和歌山県内を‘落語キャラバン‘と銘打って各地公演をしていた。

最終日、郊外の小さな商店街での会に、古くから知っているご夫婦の姿が。

しかし、普段から頻繁にお越しになる常連さんではなかった。

落語会が終わり、お客さんをお見送りの時にご挨拶をさせて頂きました。

「いや~ 来てくれてビックリしました。それもご夫婦でなんて嬉しいですわ!」と感謝を伝えると

ご主人さんが小声で「実は・・・」と話してくれた内容にビックリした。

そのご夫婦は、長年老舗のお店を経営されていたのですが、不況や時代の移り変わりに

追いついて行く事が出来ずに、経営努力の甲斐もなく閉店することになったという。

借入金も沢山あり、返済の目途も立たずイケない事とは重々承知で、夜逃げを決意したという。

「え??」公演中は朗らかな表情でご覧頂いていただけに驚いた。

これから先の見えない不安な暮らし。

今度、和歌山に帰って来れるかどうかも解らない。

たとえ帰って来たとしても、人目が気になる立場になるふたり。

切羽詰まった状態で、奥様が「最後、笑ってこの町を去りたい!」

と旦那さんに懇願して僕の落語会に来てくれたという。

「いや~よく笑ったわ~ お店やってたら、中々行けやんかったらからなあ」と奥さん。

その時、ご主人が「ありがとうやで!」と固く握手をしてくれ、足早に去っていった。

後日、「ほんまかなあ~」と思いその店に行くと、シャッターに閉店の張り紙。

「やっぱり・・・」世間や現実の厳しさを見せつけられた気分になった。

しかし、債権者の人には申し訳ないが、

僕の落語を大きな節目のこの時に

最後の晩餐のように選んでくれたご夫婦。

そのエピソードは大切な思い出であり、僕の宝物となった。

そして一つ一つの舞台を大切に勤めねばと改めて実感した出来事。

当然ですが以来、そのご夫婦とは現在に至っても再会をしていない。

元気でいてくれればと願います。

どこなと行かせてもらいます~
お気軽にどうぞ
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